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行橋簡易裁判所 昭和34年(ろ)59号 判決 1959年10月10日

被告人 坪井昭

昭三・二・一九生 自動車運転手

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は被告人は自動車運転者であるが昭和三四年二月一九日午后三時五〇分頃営業用中型乗用車(福五あ三三六六号)を運転し時速三〇キロ位の速度にて京都郡刈田町大字港埋立地共同石炭刈田出張所前附近を北進中の処、偶々対面して降雨の中を下向き加減に道路の左側を右側通行して原動機付自転車に乗用進行してくる浦田功(当時一七年)を発見したのであるが、同人は降雨中の雨をよけるため下向き且つ右側通行しているので予め車の進行していることを警告して避譲せしむるは勿論徐行し機に応じては何時でも急停車し得る様に処置し事故を未然に防止しなければならない業務上当然の注意義務があるのに不注意にも漫然として同速のまま右に左に之を避けて通行しようとした過失により愈々一五、六米に近接するに及び始めて危険を感じ急停車すると共に把手を左に切つて避けようとしたが及ばず右前フエンダー附近を同人の運転する車の左把手附近に衝突させて同所路上に転倒せしめ因つて同人に全治百二十日位を要する右脛骨腓骨開放性骨折の傷害を負わしめたものであると謂うのであつて、判示日時、判示場所に於て被告人の運転する乗用車が浦田功の操縦する原動機付自転車と衝突し、判示の如き傷害を与えたことは当公廷に於ける被告人の供述及び当裁判所の証人浦田功、伊藤典夫に対する各尋問調書竝びに医師三原昭三作成の診断書に徴し認められるが、被告人の当公廷に於ける供述、当裁判所の証人浦田功、伊藤典夫、高島茂に対する各尋問調書竝びに検証調書を綜合すれば、被告人は営業用中型乗用車を運転し時速三〇キロ近くの速度にて道路の舗装部分の左側端に接し、南方より北方に向い進行したが前方七七米の地点を道路の舗装部分の左側端を被告人操縦の自動車に対面して疾走しくる原動機付自転車を現認したので、警音機を吹鳴し相手方の注意を喚起したが原動機付自転車は方向転換又は徐行の措置を執らず進行し来たので一五、六米に接近し危険を感じたので急に把手を左に切つたが及ばず、被告人操縦の自動車の前部右側フエンダー附近と原動機付自転車の左把手と衝突し、浦田功は前方路上に転倒し負傷したことを認むることができる。

よつて本件事故発生原因が、被告人の業務上の注意義務懈怠による過失に基くものか、否かの点を検討するに証人浦田功の尋問調書竝びに検証調書を綜合すれば、被告人は七七米手前に於て浦田功操繰の原動機付自転車が被告人の自動車と対面して道路の舗装部分左端を疾走しくるを発見したので警音機を吹鳴し、同人に避譲を警告し被告人は同速のまま進行したのであるが、被告人が浦田功の原動機付自転車を発見したと同時に浦田功も又ほぼ同一間隔をへだてて被告人の自動車を発見しているのであるが、斯る場合被告人が同速のまま運転を継続したことが適法であつたか否かについて考えてみるに、本件の如き場合、事故発生防止の見地より警笛を反覆吹鳴し且つ徐行するに越したことはないこと勿論であるが警笛の吹鳴は法規上限度があり且つ本件現場は道路交通取締法施行令第二九条の徐行しなければならない場所ではない、しかも現場は道路の幅員一〇米八〇もあり、他に車馬の通行も見受けられず、被告人としては時速三〇キロにも達せざる速度にて道路の左側を進行していたものであり、警音機を吹鳴し相手方に警告した以上原動機付自転車が法規を遵守し反対側に方向を転ずることを期待していたことは自動車運転者として当然であつて被告人が同速のまま運転を継続したことは当然の措置と謂うことが出来る。

次に斯る場合、被告人が徐行又は急停車したならば本件事故は避け得たか否かについて考えてみるに被告人が仮りに発見后急停車の措置をとり衝突現場より稍手前にて停車したとしても、前方注視を怠り、時速四〇キロ乃至五〇キロの速度にて一直線に道路の舗装部分の左側を対面して疾走してきた点から考えれば、被告人が原動機付自転車発見后、急停車するなど万全の措置を構じたとしても、衝突を避け得たとは認定出来ない。要するに本件事故は予見し得ざる突発的事故にして被告人の注意義務懈怠に基くものとは認められない。次に過失の所在について考えるに、検証の結果明白なるごとく、事故発生現場附近は全く障害物の存在しない直線道路で、幅員一〇米八〇―の平担なる車道で遠隔の地点より見透し充分であり、当時他に車馬の通行なく、歩道上僅かに歩行者を散見するに過ぎなかつたので、浦田功が前方を注意すれば被告人の自動車の動静は明瞭に望見せられ、接近するに従い一層明確に確認し得た筈であるから、浦田功としては被告人の自動車の左側が九米六〇の余裕があり、何等危惧することなく容易にその左側を通行し得たのであるから、漫然と疾走することなく方向を転じ、左側通行を為さねばならないのに一度望見したのみにて被告人の自動車が停車しているものと誤認し降雨中のこととて下向き加減にて、疾走し前方注視を怠り帰宅を急ぐ為め法規を無視して時速四〇乃至五〇キロの速度にて道路右側を一直線に疾走し、加うるに法令に定められた運転の資格を有せず運転未熟と相俟つて本件事故を惹起したものであつて、被告人の過失に基くものとは認められない。

以上執れの点よりするも、本件は被告人が自動車運転者として業務上必要の注意義務を怠つたことに基くものと認むるに足る証拠がないから、結局犯罪の証明がないことに帰するので、刑事訴訟法第三三六条に則り主文の通り判決する。

(裁判官 工藤勝史)

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